仲秋の名月の宵。伊勢神宮の庭で月の光を浴びながら、神宮の楽師さんたちが古式にのっとって詠みあげる和歌を楽しむことができる。
お月さんに向って、すすきや秋の草花を飾り、御餅や秋の収穫を供えた会場に、黒の烏帽子に白い浄衣をつけた歌人(神宮の楽師さんたち)7人が静々と現れて、座に着く。空いている最上座は柿本人麻呂のお席。講師(こうじ)がなだらかな調子で歌を詠みあげ、次に発声(その道の達人が務める大切な役)}が節をつけて第一句を詠いはじめ、第二句からは講頌がこれに唱和する。
節をつけて詠みあげられる独特の調べが夜の闇に溶け、その甘く優しい闇に抱きしめられているような心地良さ。
詠みあげられる歌は全国から寄せられた作品のなかの選りすぐりの20首と選者の岡野弘彦さんのお作。岡野先生は30年間、伊勢神宮観月会の選者を務めてきており、昨年の会で神宮から感謝状が贈られた。81歳というのに背筋はピン、お話はシャキッ。日本男児ここにあり、という感じで、それはそれはカッコよかった。
「戦後、古いもの伝統的なものよりも新しい価値観が重視され、活字優先で短歌も調べを失い、声に出して朗々と詠むこともされなくなりました。短歌には生まれたときから調べがありました。(ここで柿本人麻呂の歌を紹介)。もし、短歌が調べをなくしたらどうなるのでしょうか」
続いて、西行が吉野山を詠んだ歌をいくつか、調べをつけたのと、棒読みしたのとを詠みあげた後、「西行は吉野山よ、と熱く呼びかけたり、吉野山、としみじみ呼びかけたりしているのです。その歌の心は調べがなければ伝わりません。日本古来の心の歌に、敬意と賛同を捧げます」とご挨拶を結ばれました。
やがてまん丸お月さんが頭上にのぼり、月明かりが煌々。ワタシの気分はすっかり古い絵巻物のなかの紫式部。岡野先生のいわれる、調べの力か。
これだけでもうっとりなのに、この後、管弦と舞楽が続くなど、贅沢で雅やかな夜だった。この「雅」という言葉の元の意味が「正しい」ということであることもこの夜、はじめて知った。
神宮の庭に夜の蝶、舞う
9月12日午後5時半から。もともと伊勢神宮外宮の勾玉池で行われているが工事中につき、昨年と今年は伊勢神宮内宮のお庭で開催です。入場料も予約も要りません。短歌のことは知らなくても大丈夫。お月見は是非、伊勢神宮でどうぞ。お勧めです。