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[C3] Re: 管理人さん、こんにちは。

> 管理人さん、こんにちは。いつもアップされるのを楽しみにしています。
>
> 僕は伊勢神宮に行ってみたいと思っているのですが、なかなかご縁が無く未だにいけてません。
> 管理人さんのブログで行った気になっています。
> これからも宜しくお願いします。

笑神さん
ワタシのブログで伊勢神宮へお参りした気分になれるとはうれしい驚き。次回をお楽しみに。


  • 2010-04-27 23:18
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26. 伊勢神宮と桜

       18-IMG_8840.jpg          
     風に揺れるオヤネザクラ。 その昔、伊勢神宮外宮のオヤネについたともいわれる数少ない桜です


春の訪れとともに、伊勢神宮にも桜が美しく咲き、そして散った。よく東海地方の桜の名所にあげられるが、神宮の桜は多くない。内宮では宇治橋のそばと神苑に少々、そして神宮を取り囲む森に点在する程度なのに、名所とされるのは神宮を流れ出る五十鈴川堤の赤福本店の辺りからソメイヨシノ200本の並木が続くからだろう。

伊勢神宮と桜。どちらも日本人の心とされるが、
深い森に包まれた神宮に立つと自ずと身が引き締まり、「ありがたさに涙こぼるる」ような気持ちになるが、満開の桜の下では不気味さを感じて身がすくむ。どちらも紙一重ほどの差でしかない不思議感覚である。 「さくら」の語源のひとつに、さくらの「さ」は古語では穀物の霊のことで、「くら」は神霊が鎮座する場所というのがあるそうだから、満開の桜の下で感じる霊気はあながち根拠のないことでもなさそうだ。

今朝の朝日新聞「天声人語」に、桜守りとして有名な京都の佐野藤右衛門さんが、桜の木が邪魔になるからと安易に切ってしまう風潮を嘆いて、「どうしても(桜を)切るというなら満開のとき切ったらええ。満開のときに切る度胸があるか、と聞いてみたい」と言われたとあったが、確かに満開の桜に斧を入れるのは末代までたたられそうで怖い。


先月、世阿弥の能「忠度」を観た。西国巡礼中の旅の僧が桜の若木に桜の枝を手向けている老人に出会う。日も暮れてきたので一夜の宿を乞うと、「この桜の木の蔭ほどの宿はなかろう」と答える。なんのことかと訝る僧に、老人はこの木の下には、「行き暮れて木の下蔭を宿とせば、花や今宵の主なるべし」と詠んだ平忠度の亡骸が埋められていると教えてくれた。忠度は、かって僧が仕えていた俊成の親しい和歌の友であったので、奇遇に驚いた僧は忠度の墓標に回向を捧げる。

その夜、桜の木の下で旅寝をしている僧の前に合戦姿の忠度の霊が現われ、自分の歌が朝敵であるがゆえに、「千載集」に読人知らずとされていることを嘆く。俊成に縁ある僧に、俊成の息子の定家に名前を入れるように勧めてもらえまいかと頼んでいるうちに、歌の口惜しさが平家都落ちの悲しい思い出へとつながったか、合戦に出陣したときのことから、都落ちをする軍勢をひそかに離れて俊成の屋敷へと引き返して歌集を託した後に西国へと落ちていったこと、そして一の谷の合戦で討たれたときの様子をつぶさに物語ると、これで成仏できると重ねての回向を頼んで「花は根に帰る」と桜の花のなかに消えていく。

そんな桜にこもる凄絶な霊気は伊勢神宮にはない。むしろ森に鎮まる神さんが微笑みをたたえながらひょいと現われそうな気配を感じて、「神さんがついてくれているんだから、世の中、悪いことなど起こらない」という安堵感に満たされる。そんな神さんのいる気配や桜の木の妖しい霊気は、写真で表現できるものではないし、いくら詳細に語ろうと、ひとさまには容易に伝わらない。自らがそこに身を置いてこそ出会えるものなのだ。

そうとはわかっていながら、今日も重いカメラをかかえて伊勢神宮へ向かうバカなワタシ、である。

                            * * *

                                                        

18-IMG_8609.jpg 

伊勢神宮での、小笠原教場の百々手式。10人の射手が10手を射て、合計百手となるので百々手式(ももてしき)の奉射(というのだそう)。伊勢神宮では毎年4月の第一日曜日に行われる。 

 
18-IMG_8541.jpg

桜が満開になる頃、内宮さんの白い椿も満開になる。建物の蔭にひっそり咲く白椿だが、その花姿は神宮にふさわしく、清楚できりりと威厳がある。この美しい一輪を天照大神さまに活けて差し上げたらさぞやお喜びになるであろうに、1300年間、明けても暮れても榊の枝ばかりで、さぞやご退屈なことであろう。




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> 管理人さん、こんにちは。いつもアップされるのを楽しみにしています。
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> 僕は伊勢神宮に行ってみたいと思っているのですが、なかなかご縁が無く未だにいけてません。
> 管理人さんのブログで行った気になっています。
> これからも宜しくお願いします。

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  • 2010-04-27 23:18
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mimosusor

Author:mimosusor
伊勢に生まれながら小さいときから都会大好き。中学校を終えると、ひとりで大阪の学校へ進み、その後は東京で就職。しかし、日本最大の都会にも物足らず、世界の大都会ニューヨークへ。あぁ、ここぞ探していたわが棲み処、もう動くまいと感涙にむせびながら腰を下ろしてから十余年。

仕事で一時帰国していたとき帰郷したのが事の始まりというか終わりというか、「ニューヨークへ帰るの、やめた。伊勢に住む!」となりにけり。

そのわけ?なんたって伊勢神宮ですよ。何十年ぶりかで訪れた伊勢神宮をひとめ見るや打ちのめされてしまったのです。なにが、なにに、なにしたのか。その顛末はブログをどうぞ。

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