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12. 神のみぞ知る

18-R0020458.jpg  

伊勢神宮では今、2013年のご遷宮へ向けての準備が進む。20年に一度、ご本殿の隣の敷地に同じ形の社殿を新築して神さんにお移りいただく神宮最大のおまつりがご遷宮である。それに先立つこと4年、宇治橋の架け替え工事が始まった。

本格的な解体工事に入ったのが本年2月。ヒノキの橋板もそれを支える橋桁もさぞや厚かろうぐらいは予測していたが、それらを留める釘というか止め具の大きさや数までは思いが至らず現物を見てびっくり。思わずこの
20年間にどれだけのひとがこの橋を渡ったのか頭の中で数えてみる。この期間の内宮さん参拝者が年平均450万人としてそれに20年を掛けると合計9千万人か。いや待て。入ったら出なくてはならぬのだ。橋を渡らずとも出口はあるがその在りかを知る参拝者がどれだけいようか。ここは素直に9千万人を2倍しよう。締めて1億8千万人なり。12-09.02.07 edited-1   
 

1億8千万人相当の参拝者に踏みしめられた橋桁も橋板もかなり傷んでいるがまだまだ頑丈だ。白ずくめの作業員たちが板の下にハンマーを振り下ろして隙間をつくり(写真右)そこに梃子をかませて2、3人で剥がそうと腰を踏ん張り渾身の力をふり絞るが橋板はぴくりとも動かない。現場にはピリピリ、イライラした空気が漂い、働くひとたちの表情も険しい。

12-09.02.07 釘板をはがす_edited-1見ているほうも気が気でない。「これが今生の見納め」と隣で身を乗り出して作業をながめていた地元のじいさんが、「こりゃ、腰をやられるワ」とため息をついた。
 
全長101メートル、橋板は600枚もあるというのにこんな調子で大丈夫か。どうにも気になって2、3日後に見にいくと、作業にリズムが生まれて現場の空気もすっかり柔らいでいた。ヤレヤレと
ひと安心して東京へ行き、一ヵ月後に戻ってみると橋は跡形もなし。代わりに真っ白ぴかぴかの新橋の骨組みが内側の鳥居から向こう岸の外側入り口の鳥居の寸前へまで延びていた。 
  
仮橋の欄干にもたれて新しい橋をながめる。真新しいヒノキの骨格が春の陽光に照り輝いてまぶしい。欄干の代わりだろうか、上部に何本ものロープが渡された橋はまるで長い船のよう。後日、神宮の資料を読むと、「すりあわせ」と呼ばれる船大工独特の造船技術を応用しているとあった。橋桁も橋板も接合面が凹凸型に細工されていたところから察するに、それらをすり合わせてぴったりと密着することで20年間1億8000人のひとに踏みしめられてもビクともしない橋ができるのだろう。
 まだ充分に使える社殿や橋を壊して20年毎にすべて造り替えるのはこうした伝統の技を伝承するためであるというのが定説になりつつある。しかし、なぜご遷宮が20年毎に行われるのかについては未だ謎である。社殿の耐久年数が限界だからとか中国の暦学に基づくとか、はては手足を使って数えられる数字が20だったからというのまでいろいろの説がある。ワタシなどは手足指数説あたりが結構説得力があるように思うのだが、いやなに根拠あってのことではない。

そんなことを考えながら太陽に光り輝く新橋(まだ骨格だけだが)をながめていると、ふと新社殿もこのようにまばゆくなるのだろうかと考えて
、ちょっと複雑な心境になった。3年前、ストレスで心身ともにおかしくなっていた頃、ふと思いついて何十年ぶりかで神宮を訪れると、大鳥居の下でひとびとが昔そのままに記念写真の撮影に賑わい群れていた。なんだかタイムスリップしたような気持ちで宇治橋を渡ると、目の前に昔と変わらぬ山、川、森がゆったりと広がっていた。新しいコンセプトに基づいた斬新な企画を画期的な手法で展開する、そんなことばかりを追いかけてきたワタシの人生ってなんだったのか。神宮ショックの最初の一撃をくらったのがこの宇治橋だった。そのショックをひきずりながら神苑に入り、参道を進むうちに心の痛みは増し、石段をよろよろと上ってご本殿で手を合わせる頃にはなぜか涙があふれてきた。

あの神宮再訪がもしもご
遷宮の後だったとすると、私のストレスはどんな顛末を迎えたか。考えるだけで怖くなる。それとも、神宮のお説に従えば、住まいが新しくなり、衣服や身の回りの品々も新調されることで神さんのお力も増すというから、ぴかぴかと光り輝く神殿にお参りしてお力を授かり、「よおし、もう一度やるか」と心機一転。ストレスもなにも跳ね返して、またビジネスに邁進していたやもしれぬ。 その顛末は神のみぞ知るだ。


18-R0012408.jpg 
             今は姿を消してしまった、懐かしの宇治橋に春来る。



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mimosusor

Author:mimosusor
伊勢に生まれながら小さいときから都会大好き。中学校を終えると、ひとりで大阪の学校へ進み、その後は東京で就職。しかし、日本最大の都会にも物足らず、世界の大都会ニューヨークへ。あぁ、ここぞ探していたわが棲み処、もう動くまいと感涙にむせびながら腰を下ろしてから十余年。

仕事で一時帰国していたとき帰郷したのが事の始まりというか終わりというか、「ニューヨークへ帰るの、やめた。伊勢に住む!」となりにけり。

そのわけ?なんたって伊勢神宮ですよ。何十年ぶりかで訪れた伊勢神宮をひとめ見るや打ちのめされてしまったのです。なにが、なにに、なにしたのか。その顛末はブログをどうぞ。

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