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2. この木、なんの木?

伊勢神宮の外宮さん近くに、大きな鳥居のある神社のようでいて神社でないらしいところがある。ここはいったい何なのか、前を通るたびに気になる。それなら中に入って尋ねればよいものを、どうもそんな気にならないというのがこれまたとても気になるので、ある。

ある日、やっと歩を止めて入り口にある看板を読んだ。名を「祖霊社」といい、天照大神と宇布須根神をおまつりし、「明治二年、氏神神社の祠官・祠掌により斎行された神葬祭が、当祖霊社歴史の始まりであります。明治維新の大教宣布活動の流れの中で…」云々。字がかすれていたり、見たこともない字の続く概略を読み進むうちに、ここが何なのか益々わからなくなって、そのまま立ち去った。

7-CIMG2511_edited-1.jpg12月になるとそこの手水舎の後ろの紅葉の木がほら、こんなに見事な色に染まっているではありませんか。紅葉に誘われてやっと祖霊社の門をくぐった。 向こうの社務所らしいところに白い着物の神官さんらしいひとが見えたので、まずはここが何かを聞いてみよう。
近づいてみると、そこには先客がいた。色褪せた帽子をかぶった頬のこけたじいちゃんが悲しそうな面持ちで、白着物おじさんに何かをぼそぼそ訴えていて、なかなか終わらない。

二人の目線上に立ってみるが、白着物おじさんはじいちゃんの顔を見つめてうなずいてばかり。じいちゃんの目は何度もワタシに向けられるのだが、点が線になって繋がっていかないようで、したがってじいちゃんの話は終わらない、のだ。  
 
仕方がない、質問はまたにして今日は美しい紅葉の写真を撮らせてもらおう。 ところが、この美しい紅葉がどうしたことか美しく撮れないのだ。色鮮やかな朱にカメラを向けると背景に車が行き交う道路が入りこんでくる。といって反対側にまわると逆光で美しい朱が飛ぶ。

あっちからもこっちからも撮ってみるが、紅葉が最も美しく見えるのはやっぱり道路をバックにした方角だ。
7-CIMG2531_edited-1.jpgさて、どうしようか。いっそ、た くさんの紅い葉で車を隠してしまおうか。一枝のクローズアップというのもいいかな。いろいろ工夫してみるが、どれもこれも奇麗な紅葉に叱られそうな出来ばかり。

こんなとき、自分の腕はさておいてコンパクトカメラを恨んでしまう。コンパクトとはいえ露出調整だってできるというのに、窮地に陥ると学びもせずに、「一眼レフを」と店へでかけるのだが、いざ大きなカメラを手にするとそそくさと戻してばかり。散歩の友にするには重過ぎるし、高すぎるのだ。

そんなわけで小さいカメラを手に光線を見上げながら木の周りをまわりながら、ふと根元に目をやると、なにやら白いものが見えた。 何だろうか。そういえば入り口の説明に、松尾芭蕉の塚とか、誰かは知らぬが偉いひとらしい名前の碑があると列記されていたではないか。これがそのひとつなら、誰のか。

その碑は横から見ると(右写真)、ただの白銀色の板に過ぎなかった。ところが正面へ回って、びっくり仰天! 

ほら、こんなに美しい(下写真)のだ!
紅葉の朱が光線を受けて碑に映え、紅い葉が風にそよぐと碑の朱も動いて、朱の川になって碑の上を流れる――。松尾芭蕉の何木塚(なんのきづか)だった。さらさらと流れる朱の川から芳しい匂いが立ち上ってくるような気配のなか、うっとり立ち尽くしていた。
 


17-CIMG2509.jpg 


西行が神宮で詠んだ、「何事のおはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」 。
松尾芭蕉が、その歌を偲びながら神宮の尊さ・神秘性を詠んだ句である、と説明がついていた。
ところで、アタマにある、「はせを」って何なのか。 説明から推して神宮にある木の名のようだ。 今もあるなら、その神秘の匂いをかいでみたい。
 
用を切り上げて急いで帰宅。伊勢神宮の本を調べ、インターネットを検索する。芭蕉の句や西行の歌の解釈がいくつも見つかった。しかし、「はせを」の木の説明はどこにもない。植物図鑑や木の図鑑も調べてみたが、出てくるのは「はぜ」の木ばかりで、「はせを」の木はない。ひょっとして絶滅種か。 あ~、どんな木か見たい、知りたい、匂いたい。

日は暮れて辺りはもう真っ暗。夕食の支度もせずに、この木、何の木?と、もだえていると、リ~ン!東京の友人からの電話だ。 「わたし、なにも知らない」が口癖の、なんでも知ってる物知り博士だ。これは得たり。用件もそこそこにその日のことを話し、「ねぇ、はせをって知ってる?何の木?」と訊くと、それまで饒舌だった友人がウッと絶句した。

「知ってるんでショ、教えて」
「えぇと…」
「どうしたのよ?」
「ウ、ウン…」
「知ってるくせに。教えてよ」
「あのね…それは木じゃないわ。」
「ン……」
「『せを』って『しょう』のことでしょう」
「……?」
「だから、この句を詠んだ芭蕉のことよ」 

あぁ恥ずかしや!
祖霊社であの真面目そうな白着物おじさんに、「はせをって何の木ですか」なんて、バカな質問をしないでよかった。でも、そう聞いたら、あの無表情の白着物おじさん、どんな顔をしただろうか…見たい気もする。 それはともかく、敢えていわせていただけるなら、なぜ、こんな文字配列をするのか。俳句のお定まりの表示形式なのか。知りたかったが、もう質問する勇気はなかった。

紅葉を撮ったのが12月11日。それから12日後の12月23日に朱の川はどうなったか行ってみた。あぁ、華麗な紅葉はみんな落ちて跡形もなく、鮮やかな朱色の川は枯れ、何の匂いもなし。何木塚もかくの如し。あのゴージャスな碑はただの汚れたメタリックの板になっていた。

ちなみに祖霊社とは神式の葬儀を執り行う社でした。

 

12-CIMG3175.jpg

  


 

 

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プロフィール

mimosusor

Author:mimosusor
伊勢に生まれながら小さいときから都会大好き。中学校を終えると、ひとりで大阪の学校へ進み、その後は東京で就職。しかし、日本最大の都会にも物足らず、世界の大都会ニューヨークへ。あぁ、ここぞ探していたわが棲み処、もう動くまいと感涙にむせびながら腰を下ろしてから十余年。

仕事で一時帰国していたとき帰郷したのが事の始まりというか終わりというか、「ニューヨークへ帰るの、やめた。伊勢に住む!」となりにけり。

そのわけ?なんたって伊勢神宮ですよ。何十年ぶりかで訪れた伊勢神宮をひとめ見るや打ちのめされてしまったのです。なにが、なにに、なにしたのか。その顛末はブログをどうぞ。

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