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6. おかげ参りがやってくる?!


18-CIMG3082.jpg  
元旦の朝日を浴びて   

知り合いに、著名な方なので名前はひかえておくが、数年前から「もうじき、おかげ参りのブームがやってくる」と予見されている方がいる。まさかそんなと笑っていたが、ここのところの伊勢神宮の賑わいに社会情勢などを重ねてみると、ひょっとしたら…と思いはじめている。

おかげ参りとは江戸時代に流行った伊勢神宮への集団参拝のこと。当時は、伊勢にまつられている天照大神はすべての生命の源であり、わたしたち人間はそのお恵みをもらって生かされているという考えが浸透していた。おかげ参りの最古の記録
は平安時代中期の934年(承平4年)のもので、近頃伊勢参りが流行っていると記されているがブームになったのは江戸時代になって交通事情や世情が安定してきてからのこと。1650年(慶安3年)になると 伊勢の大神宮のお札(ふだ)が天から降ってくる、不治の病が治るなどといった噂が広まって、ひとびとは天照大神のご利益(おかげ)に預かろうと伊勢を目指した。最初のおかげ参りブームである。

1705年(宝永二年)、1771年(明和8年)とブームが再来。次の江戸時代末期の1830年(文政13年)のブームに至っては6ヵ月間で450万人のひとが伊勢へ向かったという。長旅が容易でない時代に当時の人口の5人に1人が伊勢を目指したというのだから恐ろしい。関所もおかげ参りの一行がなだれこんでくるとただちに門を開けたという。 
 9-R0016589_edited-1.jpg   
このブーム、だいたい60年周期で起こっているのにお気づきだろうか。それも神宮の式年遷宮の翌年か翌々年に、である。神宮を構成する125社の社殿すべてを20年毎に新築して神さんにお遷りいただく遷宮は1300年前から古式にのっとって行われているが、これがひとびとの伊勢願望を刺激してブームとまでには至らないにしても、遷宮年には伊勢参りが大流行した。 (右写真は神宮の門前町地下参道に飾られている香川の画家門脇俊一氏(故人)が描いた「おかげ参り、抜け参りの図」の一部)

まっさらのぴかぴか社殿よりは古色蒼然とした社のほうがありがたさが増すような気がするが、確かに苔むした社殿からお札が舞うとは考えにくい。物が不自由な時代にあってはぴかぴか社殿に参れば神さんも機嫌が良くておかげの大判振る舞いをしてくれると信じられたのだろう。神宮の資料にも「(日本人は)神様のお住まいが新しくうるわしいことにより、神様のお力もますます高まると信じてきたのです」とある。

どれも昔の出来事、とお思いなさるな。5回目のおかげ参りブームが起こったのはわずか120年前の明治23年(1890年)のこと。そして平成の今もひとびとは遷宮になると伊勢を目指すのは、1895年(明治28年)から2008年(平成20年)までの神宮発表の参拝者数をたどるとおもしろい。遷宮年の数年前からじわじわと参拝者が増えていき遷宮年と翌年に急増した後に減っていくという波形を繰り返している。
9-R0016554_edited-1.jpg

前回の遷宮は1993年(平成5年)に行われた。その4年前の1989年(平成元年)の参拝者は625万人。翌1990年には676万人になりこれが遷宮の前年まで続き、遷宮年の1993年(平成5年)になると838万人に跳ね上がって、そのまま翌1994年へ。ところが翌1995年には600万人台へと急下降。その後の1998年(平成10年)から2005年(平成17年)までは毎年500万人台で推移している。 
 
続く2006年は、2013年(平成15年)に行われる第62回遷宮までにはまだ7年もあるというのに参拝者は9年ぶりに増加して600万人台を記録。翌2007年には700万人台に増えて、2008年は750万人を超えた。これまでの遷宮に比べると参拝者が多くなるスピードが早すぎるではないか。  
                                               
遷宮が近づくと伊勢神宮に関する新刊の出版が相次ぐ。これまでは難しい書籍が多かったようだが、今回は新書、写真集、雑誌の別冊や特集などが加わり読者層も広がった。テレビでもよく取り上げられるようになった。

この正月、「たけし、人生初めてのお伊勢参り」と銘打ったテレビ番組があった。気になったのでチャンネルを合わせておいたがスタジオのおしゃべりにげんなり。やっと最後に伊勢参りのパートが始まった。早朝6時、小雨降る伊勢神宮に立つ北野たけし。あっ、これはおもしろくなるぞとテレビの前に座る。早朝の、それも小雨降る伊勢神宮は神宮がもっとも美しく、神秘感に溢れるとき。実際、玉砂利を踏んで参道を通って千年杉の息吹に耳を当て、本殿への石段を上るたけしを追った映像は美しかった。お参りをすませた北野たけしは呆然とした面持ちで、「ただただ圧倒された。宇宙規模の大きさがあって、その前に立っているありがたさを感じた」と語った。

こうしたメディアの効果が伊勢神宮参拝の層を広げて数を増しスピードを早めたことにつながっているのは明らかだ。しかし、おかげ参り再来を予感する最大の根拠は、2009年がおかげ参りブーム60年周期にあたるからだ。えっ?おかしいじゃない、明治22年に起こったならもう120年も経ってるよとお思いだろう。明治22年(1889年)の60年後は昭和24年(1949年)。そう、日本が敗戦によって荒廃としていたときで、遷宮は延期され4年後の昭和28年(1953年)に実施された。本来なら2009年が第62回の遷宮年にあたり、遷宮の翌年におかげ参りブームが起きているという通例に従えば来年2010年がおかげ参りブームの年なのだ。

百年に一度の世界大不況だというのに日本国政府は頼りにならず、企業は社員の整理ばかり。仕事を失くしたひとは路頭をさまよい、仕事に就いているひとは不安にさいなまれている…こうなりゃ、頼りは神さんしかいない。伊勢の大神のおかげを求めて会社員は打っていたコンピューターを投げ捨て、煮炊きをしていた主婦は杓子をもったまま、作業員はヘルメット姿で伊勢を目指す列に加わる平成のおかげ参りブームがやってくるか。

第62回式年遷宮の予算は550億円。戦後をもって国からも皇室からも金は出なくなった。伊勢神宮にはお札(ふだ)ならぬお札(さつ)が舞っているのだろうか。 その答えはまたの回に。

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mimosusor

Author:mimosusor
伊勢に生まれながら小さいときから都会大好き。中学校を終えると、ひとりで大阪の学校へ進み、その後は東京で就職。しかし、日本最大の都会にも物足らず、世界の大都会ニューヨークへ。あぁ、ここぞ探していたわが棲み処、もう動くまいと感涙にむせびながら腰を下ろしてから十余年。

仕事で一時帰国していたとき帰郷したのが事の始まりというか終わりというか、「ニューヨークへ帰るの、やめた。伊勢に住む!」となりにけり。

そのわけ?なんたって伊勢神宮ですよ。何十年ぶりかで訪れた伊勢神宮をひとめ見るや打ちのめされてしまったのです。なにが、なにに、なにしたのか。その顛末はブログをどうぞ。

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