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41. 伊勢神宮の参拝が怖い

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2011年7月、大相撲の名古屋場所、大関魁皇は歴代最多の1,047勝を上げた。ところがその数日後、「わが相撲人生、悔いなし」とあっさり土俵生活を降りてしまった。相撲歴23年、38歳の大関の両肩、両ひじ、両ひざ、両もも、腰――あっちもこっちも故障だらけ。場所が終わると歩くことすら、ままならなかず、場所前は不安だらけ。今場所前には、「伊勢神宮の参拝が怖い」ともらしていたという。

毎年春の大阪場所が終わると力士一同、紋付き袴で伊勢神宮に参拝する。玉砂利参道をゾロゾロ歩き、高い石段を上って参拝した後、庭で土俵入りの奉納。今年は春場所が開かれなかったので夏場所前になった日本相撲協会の恒例行事だ。

昨年は伊勢神宮の大宮司、小宮司さん、そして沢山のひとびとの前にのっしのっしと登場(写真下、左端)。元気(そう)に四股を踏んでくれたが、このときだって玉砂利が腰にこたえていたのだろう。

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みんなが泣かされる玉砂利参道。神社になぜ玉砂利がしかれているのか。神々をまつる環境は清浄でなければならないという神道の教えにしたがって、河原の美しい玉砂利を敷きつめたとされるが、果たしてそれだけなのか。

本殿に向ってザックザックと音を立てて玉砂利を進んでいくとき、えもいわれぬ感情が湧いてくる。神道でもないのに、これから偉い神さんにお会いしてご加護をお願いするんだと胸が高まってくるのはワタシだけだろうか。

建築評論家の川添登氏は著書「伊勢神宮ー森と平和の神殿」のなかで伊勢神宮はもとより、明治神宮、橿原神宮、宮崎神宮などに特に玉砂利が厚く敷き詰められていることから、明治時代、国家神道のもとで神社制度を改め、それにふさわしく神社を整備していくなかで玉砂利も敷きつめられていったのではないか。そうとすると、「参道に玉砂利を敷きつめたのは、そんなに古くからのことではなかったのであろう」(同著)と考察している。

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そんな心理的効果の高い玉砂利だが、その手入れは大変だ。掃除するには玉砂利に対応できる神宮独特の竹箒を手造りしなければならず、参拝者に踏みしめられて端に寄ってしまった砂利を一日何度も均さねばならぬ。それよりも近年、河川の玉砂利採取が禁止されて玉のような砂利が入手できなくなってきた。仕方がないから、岩を砕いた砕石を混ぜてきた。それらは、遷宮を控えて増える一方の参拝者に踏まれて砕け、砂埃となって参道から立ち上る。夏でもないのに、ホースで水撒きをしている姿をよく見かけるのはそのためだ。かっては見かけなかった神宮参道の光景である。

もしも伊勢神宮から玉砂利が消えたらどうなるか。参道は歩きやすくなり、砂埃も立たず、靴も汚れなくなるだろう。足もとられずザックザック音も上がらないから、参道は明るいおしゃべりと笑い声にあふれるだろう。しかし、神さんがそのあたりの木からひょいと顔をのぞかせるようなワンダーランド伊勢神宮の神秘的な気配はなくなる。ザックザックの音が響かない、明るい参道を通って参拝したところでありがたさなど感じず、涙こぼるる思いがこみ上げてくることもないだろう。 

魁皇、改め浅香山さん、腰を直してゆっくり伊勢神宮へお越しください。 
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プロフィール

mimosusor

Author:mimosusor
伊勢に生まれながら小さいときから都会大好き。中学校を終えると、ひとりで大阪の学校へ進み、その後は東京で就職。しかし、日本最大の都会にも物足らず、世界の大都会ニューヨークへ。あぁ、ここぞ探していたわが棲み処、もう動くまいと感涙にむせびながら腰を下ろしてから十余年。

仕事で一時帰国していたとき帰郷したのが事の始まりというか終わりというか、「ニューヨークへ帰るの、やめた。伊勢に住む!」となりにけり。

そのわけ?なんたって伊勢神宮ですよ。何十年ぶりかで訪れた伊勢神宮をひとめ見るや打ちのめされてしまったのです。なにが、なにに、なにしたのか。その顛末はブログをどうぞ。

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